この物語は農村における日常の詩を綴ったものです。
あなたの心に・・・・
愛(笑)をお届けします。
In your mind.
ところで
アンビリーバボーな 床屋
- 2002/1/31
美容室とか理容室とかではなく床屋へ行った。
若い頃とは違い、ヘヤースタイルなどというものにまったく気を使わなくなり、
近所の床屋で髪型よりも顔を刷って貰いながら寝るのが楽しみ程度になっていたこの頃である。
そもそも、髪型、カットというのは、自分のイメージに合った美容室などに当たれば
そこに行き続ければ良いのである。
ところが、田舎へ帰ってからそういう店に当たらない。
どこへ行っても、まず最初に、「どのように致しましょうか」と尋ねられる訳だが
これこれこうして欲しいのよ等というような気力も無く、「適当に短く、お任せします」
と言って終わった後、「ちがうんだよな〜」となるわけです。
じゃが、今回は、昔からの連れ(友人)に店を紹介してもらって出掛けた。
この友人は、ガキの頃からの付き合いで、今でも定期的に何人かの講で会う機会がある。
嫁さんを貰ってから(と言っても10年以上になるが)以前よりお洒落になった。
つまりまァ、良くあることだが、嫁のセンスが若くその影響であろう。
で、髪型も、以前の、アイパー(コテで固めるやつ?)やら、パンチパーマだったのが
どことなく、今では都会的なカットでなかなか良い。
そこで、「おまえ、その頭きれいジャン、どこ行ってんの?」と聞いてみた。
「ああ、○○町の×××ってとこだけど」…あまり詳しく聞くのもこっぱずかしいので
その場はそのままに、数日経って、よし、今回そこへ行ってみるべかと、Telで場所を
聞いてみた。
この連れは、運送屋の社長なのだが、道を教えるのがヘタである。こっちも床屋への道など
丁寧に聞くのも恥ずかしいので、「よし、よし、分かった」と適当に聞いて出掛けたのだが
案の定、判らない。
イメージからすると、こ洒落た店に違いないと思って探してみてが、見つからない。
「でかい、交差点を、右に曲がれば在る」これだけだった訳だが、
右に曲がって行けども行けどもそんな名前の店は無い・・・
大体、理容室って言うのは、店の前にくるくる回るポールが立っている筈だ。
そんなものは無い。
交差点を曲がった直後の、それこそ、今にも潰れそうな、木造の店舗の二階の
手書きの「居酒屋○○イチ」の看板まで戻った所で、
古くなりすぎて中で回っているのが見えないポールを…見つけた。
イマ○○さんの下である…。
小さく、小さく理容×××と確かに書いてある。
とんでもなく不安になったが、せっかくここまで来たのだから。駐車場に車を入れた。
中に入ってみなければ判らないのだから…と。
中は、広かった。
いきなり、躓きそうになって下を見ると床が一段高くなっていた。スリッパが置いてある
靴を脱げというのだ。床はフローリングというより、昔の木造の小学校の廊下と同じ板張り。
客はいない。50代後半の店主が寝起きのままのような頭と怪訝な顔つきで、「い、いらっしゃい」
他に客がいないので、例の散髪用の昇降椅子に「どうぞ…ふぇ」と促される。
店は、レトロというより、ノスタルジック。しかも、狙いではなく本物。
ゆっくり店内を眺めたかったが、「ふぇ、ふぇ」と言われるので鏡の前へ。
椅子に座りかけて振り向き、「ここには○○というのが来ますか?」と尋ねると
「へっ、ああ、○○さん来てくれますよ、昔から」「そ、…」間違いないようである。
「あ、これは?」と薄手だがフードが付いているコートを脱ぎかけると
「あ、いいですよ」
「へっ?」
「着てても」
「あ、そ、」首を傾げつつも腰掛けると、例の、掛布をつけた。
鏡に映る店内の様子は、ゾクゾクするほどいい感じであった。
後ろに、足は見えないが台が置いてあり、その上にには理容道具と無縁の物や
枯れた観葉植物の鉢。その向こうには見事なまでに自然に演出されたこのノスタルジーを
ゆっくり味わえそうな順番を待つためのチープなソファー。窓の外には配線剥き出しの裸電球
も鏡に映る。左にはでかいテレビがあって、その横にレアな興行(ストリップなら尚良いのだが
良く見えない)のポスター。
更に右奥には薄暗い物置のような場所、ダイドー缶コーヒーの箱、ストーブの上のヤカン。
ゾクゾクするのは寒いせいもあった。広いのである。換気も良い。
「コートを脱ぐな」の意味に気が付いた。
鏡から目を離して右を見ると富山の薬売りの常駐箱が無造作に置かれていたする。
不安と興味が交互に訪れる。危険を感じながらも、もう少しここにいたい…というな奇妙な感覚。
ふと、鏡の中の視線に気が付いた、オヤジが鏡越しに視線を合わせる。
赤ら顔、なんとなくオドオドしている。
壁にこれでもかというくらいに賞状が掛けてある。この品の無さは立派だ。
「たくさんありますね、賞状が」と目でそれを差すと、
「いや〜若い頃のもんでさ」と照れながらも嬉しそうな顔をした。
きっと腕はいいのだろうそれなりに、と思う気にさせないリアクションが情けない。
前の洗面台を開いて、「ど、どうぞ」と促す。しかしこのオヤジ、
さっきから緊張したムードが受け取れる。
ともかく頭を下げた……冷たい…お湯が。
シャンプーを始めた。シャワー2回目。今度はちょっと…熱い。
流し終え、起き上がらせる前にタオルを顔にあて、手で水気を取るのだが、
目の周りなど繊細に吸い取るのが普通は、職人の技だ。
しかし、不器用である。まるで素人のようだ。しかも、タオルが洗い過ぎてあるのか
ザラザラでちょびっと痛い。
ところで、この話にはオチはありません。せっかくここまで読んで頂いてありがとう。
このままこの雰囲気をお伝えすることになりますが…よろしければ続けてお読みください。
私にとっては語りたい体験なのです。
櫛を当てながら、「どうしましょ」と聞くので、スタイルの期待などすっかりなくなった私は
「あ、適当に短めで」と答えた。クシとハサミの持ち方がどうにも危なっかしい。
どんな程度に切るのかよりも手つきばかり見ていた。
そこへ客が二人続けざまに来た。なじみの客らしく、昨夜はどうしたなどと
オヤジと言葉を交わし、憧れの待ち席でくつろいでいる。
二人とも商店街の仲間だろうか。週末にはカミサンに店を任せて、立川競輪に通うタイプ。
どちらも、暇つぶしといった感じだ。
美容室と違い顔を刷ってくれるのが理容室のいいところだ。
背もたれを倒して、私の顔も剃刀をあてるところだ。泡立器へ先程のヤカンからお湯を注いでいる。
このオヤジさっきから、「うっ」とか「うぷっ」とかゲップではないのだが
胃酸を飲み込むようなへんな声を出す。昨夜の酒が残っているのだろうか。
かがんで髭を刷っているとどうも危ない。いや切られるのはいいんだが、
吐かれた日にはたまらない。とてもじゃないが寝るどころではない。
蒸したタオルを置かれる時も体がこわばる、熱いのか、冷たいのかどっちなんだ!
丁度良いのではなくて中途半端な温度だった。
起き上がって、不器用に顔を拭いてもらうと、隣に誰かいる。先程の客ではない。女だ。
オヤジと同じ白いユニフォームを着ている。なんと自分でドライヤーをあてている。
髪の毛は黄色、ショートだが襟足だけ5〜6本ぴゅ〜と伸びた作りすぎのヘヤースタイルだ。
で、それを鏡に向かってセットしている。客が後ろで待っているのに…。
終わったと思ったら何か顔につけている乳液というのだろうか。バッチン、バッチンしている。
なんと、化粧もはじめた!そりゃこれだけ鏡が空いてれば使うのもいいさ、
でも客がいるんだぜ、隣に。
これだけ、連続で驚かされりゃ、来た甲斐があったってもんだ。
だけど、どんな面してるのか鏡を覗く気にはなれない。
間違いなく、向こうも横目で見ていて鏡の中で目が合うはずだろう。
そんなことは怖い。到底出来ない。
また、別の視線に気が付いた、オヤジが見ていた。溜めるな!
「油、つけます?」
「油?」
普通、「何かおつけしておきますか?」とか「普段はナニを?」とか聞いて、
「じゃ、ムースでも」だろう!
油って何だ?目の前にあった。知ってます?シセイドーですか、ブラバス、エロイカ、
まぁるい形のビンテージ三種類、鏡の前によって種類が違う。
しかも、トニックとえーと、えーと、リキッド。
今時、サウナでも見かけない。田舎の旅館へ行くとお目にかかれる整髪料だ。
大体、時代錯誤にしても、床屋なんだからオールドスパイスやプルートってやつだろう。
目が伺っている、ちょっぴりオドオドして。
「あ、じゃ、適当に」
「ふぇい」といって手に取った〜、ビンテージだぁ〜(泣
自分の手につけて、俺の頭に押し当てる、不器用に…、
だから、ちょびっとかけて、まず指を立てて馴染ませてクシを入れる、だろう…フツーは。
それからドライヤーをかけはじめた、念入りに分け目をいれて、後ろへ引っ張っている。
やめてくれ、頼むから、もういいから、ねかさないでくれ、元に戻らなくなるぅー。
しかし、オヤジは真剣だ、真顔だ、とても言えない。もう鏡なんか見る気になれない。
時間が過ぎるのを待つだけだ。とうとう、ブラシを落とした。しかも、動揺している。
いいから、気にするな。なに手でやってんだ、別のブラシをもってこい。
おい、かかぁ、何げなくクールに拾うんじゃない。お前が落としたんじゃないんだから、
冗談のひとつも言ってみろ。怖いじゃないか。
終わった。
「ど、どうも」
「あー、どーも、サッパリしたー」もちろん鏡は見ない。
おい、どこへ行くんだ、何やってんだ、火傷か、なに指くわえてんだ、ずっこけオヤジ。
レジ開けたな、幾らなんだ、さっきから金出して待ってんだろう。
指くわえたまんまじゃわかんねーじゃねーか。
つり銭もってきたな、なに、ウロウロしてんだ、なんか持ってるな、缶コーヒーかい。
くれんのか?「どうも、じゃ」くれねーのか、「あの、これ」「ああ、どーも」くれんなら早く言えよ。
「あの、」「うん」「よろしく言って下さい○○さんに」「あー、はいよ」
オヤジのきんちょーは、人の紹介と、初めての客のせいだったのかい。
缶コーヒーぬるいじゃないの。ヤカンのお湯で火傷しても、缶の中味はまだだったのね。
帰って来て、戻そうと思っても油と硬いセットのせいで戻らない。
でもカットは、そんなに悪くない。おそらくこの形しか出来ないのかもしれないが、
突拍子もなくヘタじゃない。
それにしても、すごい店だった。もう一度行きたい。何もかも中途半端な哀愁の床屋へ